最高人事責任者:組織を動かす挑戦者たち

他人に対する「感度」と自分自身の「熱量」が大事
ライフネット生命保険株式会社
総務部部長代行 佐藤邦彦


 

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■30歳を前にシステム系コンサルから人事の畑へ

Q: これまでのご経歴をお聞かせください。

 東京理科大を卒業して新卒でアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)に入社し、業務改善やシステム構築・導入などを担当するコンサルタントとして4年半ほど勤務しました。とても厳しい環境でしたが、自分の能力を越えるような仕事に取り組むうちに自分の「強み」と「弱み」が見えてくると同時に、「この仕事を一生やっていけるのだろうか」という疑問も生まれました。30歳を前にして、ようやく見えてきた自分の強みを活かせる仕事は何なのか。大規模なシステム開発やプロジェクト管理もやりがいのある仕事です。しかし、私はシステムよりも「人」への興味が強いタイプ。その分野での洞察や感度を活かせる仕事を模索した末にみつけたのが、事業会社での人事という仕事でした。

 とはいえ、当時はまだ29歳で、人事としてはまったくの未経験。そんな僕を、2003年当時急成長中だったIMJが最終面接に通してくれた。社長が語るビジョンは夢に溢れていて、ここで人事のキャリアをスタートさせられる幸運に感謝しました。

 IMJ入社後、一番最初に取り組んだのは新卒採用です。当時はまだ中途採用が中心でしたが、面接で聞いた「新卒で優秀な人が集まる会社にしたい」という社長のビジョンに共感し、経営陣と何度も議論を重ねながら、説明会や選考方法、人気企業ランキングへの対策なども含めた採用プロセスを設計し、2004年から新卒採用をスタート。2007年には約70名採用まで拡大しました。同時に、それまで仕組みも出来ていなかった新卒の育成も担当し、IMJでは「採用」と「育成」の両輪を担当させてもらいました。後半は経営企画の仕事も兼務しながら、2011年まで7年半の間、働かせていただきました。私の人事としての基礎は、このときのIMJでの数多くの経験によって形作られているので、未経験を拾ってくれた当時の人事チームや社長をはじめとする経営陣には感謝の想いしかありません。

 その後、イマジカ・ロボットホールディングスで約3年間、グループ各社の人事課題の解決や採用の効率化、育成プログラムの企画・運営などに取り組みました。こちらは歴史ある老舗企業でしたので、諸先輩方から学ぶことも多く、人事としての発見も多い環境ではありましたが、40歳を迎えて自分らしさを追求しようと考えたときに、あらためて自分にはフットワークが軽い組織のほうが性に合うことも発見しました。

 そして、2014年3月にライフネット生命に入社し、ちょうど今が9ヶ月目になります。

 

Q: もともとシステムやSIに興味があって、卒業後にIT企業を選択なさったのですか。

 ちがいます。浪人や留年という長過ぎるモラトリアムを過ごし、社会に出たらがむしゃらに頑張ろうと思いながらも、これといったやりたい仕事もなく…当時の決め手は給与と知名度の高さだったので、最初からシステムに関心があった訳ではないんです。

 コンサルタントの仕事は、クライアント先に出向するケースが多いですし、非常に難しい課題に向き合うことが求められます。加えて必ず高い成果を出さなければいけないというアウェイの空気感の中で業務を進めなければなりません。そのような中で、常にどうすれば上手く回るのか、相手の立場、自分の振る舞い、上司とのコミュニケーション、部下に何をどう伝えればスムーズに進められるのか…そこから人に対する興味関心が広がっていったのだと思います。一方で、プライベートで始めたスカッシュのトレーニングや試合を通して、当時まだ認知度が低かったコーチングの存在を知り、自分の強みと興味関心、仕事の方向性がなんとなく繋がっていきました。

 

Q: いろんなフェーズの人事を経験されていますが、それぞれの採用戦略は?

 まったく違いますね。入社当時のIMJの社員数は150人前後でしたが、新卒採用スタートと、通年の大量の中途採用、M&Aも頻繁でしたから、いつの間にかグループ全体で社員が1,200人ほどに膨れ上がっていました。そのプロセスで、新卒を育てて組織を創っていく文化が根付いていったので、当時の経営陣が新卒採用に力を入れた目的は達成されたのではないかと思います。ただ、全てが順調だったわけではなく、リーマンショック後は採用数を抑制しましたし、その後も本当に次から次へといろいろなことが起こったので、その都度採用戦略は変化していきました。

 

Q: 次の勤務先であるイマジカホールディングスではいかがでしたか。

 グループの中で一番歴史のあるイマジカは映画全盛の時代からある現像会社で、創業80年近くになります。一方で、映画『永遠の0』を制作したロボットという会社はすごく若い。その両方が同じグループだったので、グループ人事としての仕事も難易度は高いものの、非常に勉強になりました。とくに戦後の映像業界の発展を現場で実際にみてきた方々との仕事は学ぶことも多く、コンサルティング業界やインターネット業界では出会うことのない人たちとの経験は、本当に得難い糧になったと感謝しています。

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■ライフネット生命との出会い

Q:  ライフネット生命に入られた理由をお聞かせください。

 2012年から「東京理科大学大学院技術経営専攻(MOT)」に通っていたのですが、そこでの講義の中で、「新事業開発論」という教授がピックアップした企業をケーススタディで研究する授業があり、偶然取り上げられた企業のひとつがライフネット生命でした。そのため、ライフネット生命のポジションを紹介される前から、企業背景やプラス面はもちろん現状の課題についても一度分析していたので、強く興味関心を持つまでに時間はかかりませんでした。事業としても、また人事的にも課題はたくさんありますが、課題があること自体は余力がある証拠ですし、若い会社としては健全なことです。むしろそうした課題部分にディープに関わっていくことで、40代の自分の成長につなげるキャリアにしたいと思いました。

 

Q: 今、抱えてらっしゃる課題にはどんなことがあげられますか

 当社は、生命保険会社、ベンチャー企業、インターネット企業という三つの顔を持っています。そして、社員もこの三つにおおむね分類できるような気がしています。生命保険会社で働いていると思っている人、ベンチャー企業で働いていると思っている人、IT企業で働いていると思っている人…というように、さまざまな経歴でいろいろな仕事を担う人々がひとつの組織に存在する多様性こそが当社の強みであると同時に、価値観の異なる人が集まることで生まれる摩擦が課題でもありますね。

 

Q: それは向かうべきゴールが違うという意味でしょうか。

 いいえ、ゴールは同じです。たとえば、結婚してひとつ屋根の下で暮らし始めてようやく判明する相手と自分のやり方の違いってありますよね。たとえば、洗濯物の干し方でもめた後、お嫁さんの実家の干し方を見て初めて自分との生い立ちの違いを理解して気にならなくなるというような。現場に多種多様な人材が揃うと、そうした摩擦がたびたび起きますが、この三つの顔があることこそが当社の強みです。ベンチャー企業にはいない人材、生命保険会社にはいない人材、インターネット企業にはいない人材が集まっている組織なので、それは何にも替えがたいものだと感じています。目指すべきゴールに向かって一人ひとりが強みを活かして前に進んでいくために人事としてできることは何か、これが醍醐味でしょうね。

 

Q: そのような、ITとリアルビジネスの企業が一緒になって摩擦が起きるという状況は、結構いろいろな会社で起きています。摩擦への解決方法を教えてください。

 もちろん難しいことです。ただ、当社でとくに大きな問題になっていない理由としては、トップの考え方と価値観にあると思います。「ダイバーシティーが会社の戦力につながる」という考え方がベースにあり、組織にはそれを許容する懐の深さがあります。こうした<許容できる文化や風土>は作ろうと思ってもなかなか作れるものではないですよね。せっかく良い制度があっても、実際には誰にも使われていない―そんな状態になるぐらいなら、制度がなくても、こころよく受け入れられる現場の雰囲気や会社の風土があるほうがよっぽどいい。

 当社にも働きながら子育てをする女性スタッフが多数存在しますが、彼女たちに向けた特別な制度はありません。もちろん、法定内の産休育休や時短勤務の制度はありますが、それを利用しやすい風土や復帰後の仕事がきちんとあるかどうかという問題は、制度とは違うものです。ニワトリが先か卵が先かというたとえがありますが、ライフネット生命では風土の方が先に醸成されていました。むしろ、会社側が用意した制度に風土を追い付かせるほうがよほど大変でしょう。

 

Q: 今、御社の中で人事の役割はどのように位置付けていますか。

 人事の役割はディフェンスとオフェンスに分けて考えています。ディフェンス部分はあたりまえのことをあたりまえにやりきること。例えば、給与などの労務管理の仕事がそれにあたります。同じディフェンスの中でも就業時間管理やメンタルヘルスなど、業界や規模によって対応が異なるような難しいテーマが増えているので、常に自社に必要なアクションは何なのか、しっかり考えて実行することが求められています。オフェンス部分は、経営課題やそれに付随する人事課題のこと。課題には、経営陣からのオーダーと、従業員からのオーダーの両面があります。現在第二創業期と位置づけているので経営陣からのオーダーを人事としてどのように実現していくのか、難しいテーマであればあるほどやりがいを感じるところです。同時に従業員からのオーダーも一人ひとりの従業員が気持ちよく働くために大変重要な人事のミッションです。場合によっては、相反するオーダーもあるわけですが、安易にどちらかを諦めるのではなく、課題に向き合って考えぬいて工夫する人事を目指しています。

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■物事に向き合う姿勢を

Q: では、佐藤さんにとって 人事とはどういうものでしょうか。

 個人的な想いから言うと、私にとって人事という仕事は「自分の居場所」です。これといってやりたい事も見つからない中で迷いながら社会に出て、与えられた仕事を懸命にやっていく中で、ようやく見つけた自分らしくいられる場。とはいえ、すべてがスムーズで順調だったわけではなく、むしろ失敗の連続で自分には人事なんて向いてないんじゃないか、と悩むこともありましたが、選んだ道を正解にするためにやり続けたことで形になったと感じています。30代の中頃に、人事以外の仕事を兼務したり、離れてしまった時期もあって、逆にその時に明確な意思が生まれました。

 では、人事とはどうあるべきか?という問いついては、「経営要素のひとつ」であるべきだと考えています。経営資産は「人」、「物」、「金」、「情報」であると言われていますが、「人」が最初に挙げられる割に、人事のプレゼンスはあまり高くないなと思うことが多々あります。これは人事を担当するものとして、常に力不足を感じるところですね。業種業態によって差はあるでしょうが、人材マネジメントや組織マネジメントが経営に及ぼす影響は大きいので、人事の可能性はこれからさらに広がっていくと考えています。

 

Q: これから人事を目指す人、人事でキャリアを積んでいきたい人へメッセージをお願いします。

 さまざまな業界の人事の方とお会いする機会がありますが、人事のキャリアは本当に多様で、正解や成功パターンのようなものはありません。私自身も人事としてのキャリアはまだ10年足らず、皆さんと同じ勉強中の身の上ですからアドバイスできる立場にありませんが、「ロールモデルを設定してそれを目指す意識はない」ということだけはお伝えできます。あと、もうひとつ。人事に一生懸命取り組んでいる方は、「人」に対する感度が非常に高く、その人自身の「熱量」もまた高いということです。これは勉強して身に付けられるものではありませんから、常に自分の中にある「感度」や「熱量」に目を向けて、火を入れていくしかないのです。火種は、人事の先輩や仲間との会話だったり、部下とのやり取りだったり、書物だったり、またはプライベートでのエピソードがリンクすることもあるでしょう。感覚的な表現で恐縮ですが、これは私自身、うまくいかないことがあったり、自信を失いそうになったときに実践している復活法なので、まずは意識してみることをお勧めします。

 

佐藤 邦彦 プロフィール
生年月日 1974年1月31日
好きな場所 女子3人(嫁、長女、次女)に囲まれた賑やかな我が家
好きな本 『手紙屋』 喜多川泰
座右の銘 「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」あいだみつを

 

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