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楽天株式会社
執行役員 星野 俊介


 

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Q.これまでの生い立ちを教えてください。

親の仕事の都合で、人生の半分はアメリカに住んでいました。2歳くらいまで日本にいて、その後2歳から7歳までサンフランシスコとアトランタ、7歳から15歳までを日本で暮らし、そこからまた26歳までシカゴで過ごした後、日本に帰ってきて就職し今に至ります。

アメリカで暮らしていた当時は、まわりにアジア人が少なかった時代だったので「なんで俺はアメリカ人じゃないのか」と親に訴えるような子供でした(笑)。日本に帰ってくると日本語が話せない。しばらく日本にいて、またアメリカに行くと今度は英語が話せない。日本語の勉強と英語の勉強と、結局遊ぶ時間がないくらい勉強していた気がします。勉強も苦労しましたし、人づき合いも相当苦労しました。

Q.星野さんの原点ともいうべききっかけ、パソコンに興味を持った背景は?

親がメカニカルエンジニアで、小さい頃から身近に機械やパソコンがある環境で育ちました。中学時代はPC88で、ゲームを作ったり簡単なプログラムを組んだりしていました。

アメリカで通っていた高校は、作文や論文などパソコンで作成しなければならない学校でした。そのためコンピューターに触れる機会がさらに増えました。授業にはプログラミングもあって、いろいろなプログラムをよく組んでいましたね。

Q.学生のころから、将来は技術の道に行こうと考えていらっしゃったのですか?

親は、私がメカニカルエンジニアになることを期待していたと思います。でも機械工学には進まずインターネット業界に行ってしまったので、親としてはどうだったのかな・・・(笑)私自身、少なからず親にレールを敷かれていることに疑問もあって、インターネットの道を選びました。結果的にインターネットを選んだのはラッキーでしたね。インターネットの道に進もうと決めたのは2002年くらいでした。実はもっと以前、シカゴに住んでいた1995年頃に、シカゴ大にいた友人に最初のインターネットブラウザ「モザイク」を見せてもらうという貴重な機会がありました。その時は何も感じなかったですが、友人の情報などを介して「これからの時代はインターネットだろうな」という印象は持ちましたね。

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Q.楽天に入るまでの経緯を教えてください。

26歳で日本に帰ってきた後は、専門学校に行ったり、速記会社の開発部門にも入りました。情報公開法が施行された2001年は、議事録の検索システム事業などに携わっていました。同じ時期にPHPが流行り始め、PostgreSQLとPHPで作れるんじゃないか?と思って作ってみたり。そこは小さな会社だったので比較的自由にやらせてもらえましたね。

人がやっていないことをやったり新しいものを作ったりするのは好きです。もったいないのでパッケージには絶対お金を払いたくないという思いがある(笑)。例えば500万円かけてシステムを作って納入しても、パッケージに300万円も払わなければならないなら自分で作ってしまえと。通常の業務をやりつつそんなシステムをひとりで作っていましたね。

 Q.楽天に入社したきっかけは?実際に入ってみてどのような印象でしたか?

私が楽天に入社したのは2003年です。楽天が雇った初のPHPエンジニアでした。前職にて、検索システムを作ったものの、月のページビューが300件とか・・・そういうレベルでした。、作るならたくさんの人に使ってもらえるシステムを作りたいと思い、当時既にそんなシステムを作っている楽天に惹かれましたね。

入社前は「どんな会社だろう」と思っていたのですが、実際入ってみてあまりにレベルが高くびっくりしたことを覚えています。というのも、最初に担当したプロジェクトは、楽天会員向けのポイントサービス「楽天スーパーポイント」のAPIを作ることだったのですが、1月1日に入社して数日後にプロジェクトに加わり、 約3ヶ月半後には「楽天スーパーポイント」を使ってお客様がお買い物できるシステムを作るというハードスケジュールでした。ということは、「楽天スーパーポイント」のAPIはお客様がポイントを使ってお買い物できる2ヶ月前にはリリースされていないと間に合わないということになります。入社後の2ヶ月間は猛烈に業務に打ち込みました。

Q.時間がない中、どのようにやりくりしたり工夫されたりしたのですか?

APIはあまり複雑にせずシンプルであるべきという考えに至りました。プロジェクトを担当したもう1人のメンバーはコードを書くことが得意なエンジニアでした。どうやって役割分担したほうがいいかなと考えた時に、私が書くよりテストツールだけを開発して作っていくのがいいのではないかと考えました。私が設計した後、コーディングはメンバーに任せて最後にテストを私がやるという流れです。

本当にスケジュール通りにできるのか疑問でしたが、既に「楽天スーパーポイント」のポイントプログラムについては記者発表をしていたので、やるしかないですよね。タイトなスケジュールであるにもかかわらず、求められている品質は高かったので、プロジェクトに携わっている間は苦しかったです。APIのリリースを見届けたら退職しようと本気で思っていました。ところが、ポイントプログラムをリリースした途端、たくさんのユーザが使ってくれているということがサーバのログを見ているだけでわかり、それは強烈なインパクトでした。そのインパクトが忘れられず、いまだに楽天にいます。

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Q.その後どのようなプロジェクトに関わられましたか?

楽天が運営するブログサービス「楽天ブログ」のシステムを作るプロジェクトでした。これも大変なプロジェクトでしたね(笑)。しっかりした仕組みでないと対応できない壁が出てきた時期でした。どうやって対応し得るサービスを作っていくかということをずっと考えていました。MySQLのソースを読んだりPHPのソースや特別なパッチを作ってもらったり、いろいろなことをやらせてもらいました。私にとってチャレンジの期間でしたね。

Q.建て直しや変革のプロジェクトにアサインされることが多かったのでしょうか?

思い返せばそういうところから入ることが多かったですね。会社としてあまりコストはかけられないけれど、解決したいという仕事が多かったです。コストをかけずに解決するという課題に対して、どう技術的にクリアしていくかという経験を積むことができるので、私としてはそれがむしろ良かった。正直なところ、ブログというサービス単体で収益を上げるのは簡単ではないのでコストはかけられない。ではどうやれば最小のコストでこのトラフィックがさばけるのかということを徹底的に考えました。振り返ればその時が技術的に一番成長したと思います。

Q.星野さんがサービスに対して思い入れが強い理由ってなんでしょうか??

人の役に立つものをつくりたいという思いがあります。父親にも「人の役に立つものをやりなさい」「そういう仕事につきなさい」とずっと言われ続けてきたというのもあるかもしれません。いつのまにか刷り込まれていたかもしれないですね。もっと言えば「人のためになることをやりなさい」「日本とアメリカの架け橋になりなさい」というのはずっと言われ続けていたことでしたね。そういうことを実現するという意味で、楽天はうってつけの会社だったと思います。今こうやって話していて思いましたが、父親の影響ってすごく大きいですね。

Q.2003年から現在まで、長年楽天をみられてきてどうですか?星野さんにとって楽天とは?

「やりきる」というカルチャーの会社かと思います。入社してからこれまで、3~5年の周期で会社そのものが変わっていきました。例えば2012年に、社内の公用語が英語になりました。当時は大変でしたが今振り返ってみると、英語公用語は本当に良かったと感じます。その時々のステージにあわせて変わっていくというか、まるで別会社に転職している気分です。大きな変化がたくさんありました。そのあたり三木谷はすごいと思いますね。

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Q.昨年から執行役員に就任されました。現在担当されている部門は?

現在は楽天トラベルとOSPDの2つを見ています。「楽天トラベル」の開発環境は、JavaとOracleがメインのサービスとなっており、多くの他の楽天サービスと同じです。スタッフ数は開発職だけで140名くらいですね。

現在の開発体制としてはPM、エンジニア、QA、インフラと分かれています。スタッフにはなんらかのプロフェッショナルになってもらいたいと考えています。エンジニアだったらとことんエンジニアで、なんでもいいから何かひとつ得意なものを作る。みんながそれぞれ得意なとんがったものがある組織のほうが強いよねと、そういうのを作ってもらうように伝えています。

Q.どのような評価制度を採用されているのですか?

楽天の評価制度には「世の中にインパクトを与える能力のある人を評価する」という基盤があります。例えばオープンソースを作って世の中の人がたくさん使ってくれたら一番良い評価をする、ということです。そこからは会社全体に対してどれぐらい影響を与える能力があるか、部署に対してどれぐらい影響を与える能力があるかということが評価されます。

評価制度としてはとてもシンプルです。日々の業務の中から「もっと世の中にインパクトを与えるには?」ということを考えるようになって欲しい。エンジニアは世の中に受け入れられてこそ価値があると考えるからです。

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Q.今後やっていきたいこと、人に任せる時の考え方とかコツなどあれば教えてください。

常に大きいことしか考えていないですね。(笑)誰もできなかったこと、やって来なかったことをしたい。最近、自社のデーターセンターを移設するという大プロジェクトを成功させました。このプロジェクトの話が出た時、不可能だと思いましたけど、やると決めて、方法を考えていくとなんだかんだやれる方向性が見えてきたのでおもしろいですね。取り組んでいる時はとても苦しいのですが、引き続き大きなことにチャレンジしたいです。

人に任せるときは、自分にしかできないことに集中して任せられる事はどんどん人に任せていく。コツはありきたりですが部下と小まめにコミュニケーションをとることですね。

Q.社長とのやりとりで気をつけていることは?

三木谷より先に考え付き提案できるか、また指摘される前に気づけるかを常に意識していますね。

Q.今後の活躍をめざすエンジニアに向けてメッセージをお願いいたします。

自分より優れたエンジニアってたくさんいると思います。でもそんなエンジニアも最初から優れていたわけではなくいろんな勉強や経験を積んで今があると思っています。そんな人達に追いつく・追い越すためにはそれ以上のペースで成長する必要があります。成長するためにはいろんな事をやっていくしかなく、どんなタスクでも趣味と思えるところを作る事が出来たら楽しく成長していけると思います。

好きなことであれば24時間考え続けても苦にはならないでしょうからね。

いかに好きなことを仕事に結びつけるか、今の仕事で好きなところを見つけるか。気持ちの持ちようがすごく大事だと思います。それが出来たからといって天才にはなれないかもしれないですけど、何かに秀でた、世の中に感謝されるエンジニアになれるのではないでしょうか。

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